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IFSのエマに関する記事
今月号のIFSにエマの記事が出ているとは知っていたけど、
IFSは購読期間が終わって更新してなかったので、どこかで
見れないかなーと思っていたら、出てきました!(嬉)

もうごらんになられた方もいらっしゃるかもしれませんが、
エマニュエルファンの友人セッカさんのブログで、8月4日の投稿にて
訳を載せてくださってます。

ここでご紹介させていただきたいとセッカさんにお願いしたら
快くOKしてくださったのでぜひ見てみてください。
インタビューは5月3日のショーの後、5月14日のシカゴの
ショーの前に行われた模様です。

http://juncidis.seesaa.net/

これ読んで思わずエマにメール送っちゃいました(笑)
返事はないですが〜。

ここ数日ちょくちょくマイスペにログインしてるようですね。
そろそろブログエントリーしてくれればいいんですけど。


記事が載っているIFSのサイトはこちらです。

http://www.ifsmagazine.com/forum/

今月号はゴルデーワ一家の特集だということで、
高いわりには読まないからやめたこの雑誌の講読なのに、
故グリンコフの大ファンでもあるワタクシ、思わず、
購読の申し込みをしてしまいました(^^;)

| Article translated into Japanese | 01:22 | comments(0) | - | pookmark |
カナダ スケ連にも記事がアップ。
カナダのスケ連にもエマに関する記事があがってます。

Skate Canada uploaded article about Emanuel.

http://www.skatecanada.ca/en/news_views/news/2006_2007/07_jun15.cfm

本人のコメントもたくさん載ってますね。
これによるとバンクーバーで開催される2008年のナショナルも
未定のような。。。 以下、簡単な訳+αです。
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| Article translated into Japanese | 09:37 | comments(0) | - | pookmark |
記事の要訳
さきほどの記事の要訳+αです。
もっと適切な表現ができる部分があるかもしれませんが、
プロの翻訳家ではないので、そのあたりはご容赦を。
今回は早くあげたかったので添削は受けておりません。

Sandhu takes a break
Name dropped from future GPs
By NEIL STEVENS

サンデュはブレイクを取る
−グランプリシリーズから彼の名前は抜け落ちた


以前旧ブログであげたエマの記事が印象的だった、
長年エマをじっくりと取材している、スティーブン氏の記事。

最近になってここを知ったという方も多いのでご紹介しますが
過去に旧ブログにもこの記者の2003年の記事訳をあげています。
まだ読んだことがない方はぜひご一読を。
下のほうの、カナダフィギュアスケートを担う男1〜3で、
これまでの私の翻訳記事の中では一番の大作です(^^;)

http://diary.jp.aol.com/applet/d9htqquwcjfc/msgcate13/archive

では。今回の記事のエマの部分を。

Emanuel Sandhu has been dropped, at his request,
from Skate Canada's major assignments list.

スケートカナダの主なアサインリストから、
エマニュエル・サンデュの名前は抜け落ちた。
彼のリクエストで。

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| Article translated into Japanese | 10:13 | comments(2) | - | pookmark |
記事訳発見。
kanonさんがブログでワールド期間中の、エマを大きく
取り上げている記事の訳をあげてくれています。

http://ice-kanon.jugem.jp

いつもどうもありがとうございます〜!<kanonさん
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| Article translated into Japanese | 20:23 | comments(0) | - | pookmark |
今読むと切ないケド。
ワールドの記事をいろいろと訳してくれているお友達の
kanonさんのブログにエマのインタビューも読める記事が
アップされていました。(いつもありがとう〜!)

ワールド前の、絶好調のときの練習の後に出たものです。
ちょっと切なくなりますが。。 

http://ice-kanon.jugem.jp

別に隠すこともない、とkanonさんもおっしゃっていたので、
私たちのこと&ここのブログなどについての私の考えなどを
ダラダラと書いてみます。興味ある人はどうぞ。
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| Article translated into Japanese | 22:56 | comments(5) | - | pookmark |
サンデュはかつて避けていた境遇を受け入れている
さきほどの記事訳が、翻訳家の友人のご指導をいただき
できあがりました。さすがプロ、感動〜〜〜! なんていってないで
ホレ、仕事、仕事<自分パンチ

元記事はこちら。
http://www.canada.com/topics/sports/figureskating/story.html?id=05190a2b-2696-4e1b-9370-f56c890988ed

**********************************

Sandhu embraces once-shunned heritage
サンデュはかつて避けていた境遇を受け入れている

エマニュエル・サンデュにはこの週末ハリファックスで伝えたいことがある。

それはショートプログラムを確実に決め、パワフルなフリープログラムを
披露することで2007年の国内選で他の選手を圧倒したり、2005年に
ジェフリー・バトルに奪われたタイトルを取り戻すことだけではない。

もっと多くのことだ。

金曜日のショートプログラムではマンボ、そして土曜日にはシルクロードの旅の
フリープログラムをサンデュが滑るのを見ることになるだろう。
このフリープログラムは、アジア、インド、そして中東のエッセンスを取り入れた
音楽のシチューのようなものだ。これを滑る彼が、かつて自身のルーツや境遇を
恥じて世界から隠れようとした少年だった、ということを(このプログラムを見て)
想像するのは難しいのではなかろうか。

「ボクが子供の頃はインドとイタリアのハーフということでものすごく
からかわれたものでした。」
今週の初めサンデュは言った。
「ひどくからかわれました。自分の境遇をとても恥ずかしく思いました。
ボクは恥ずかしく思い、受け入れることがずっとできませんでした。」

「まるで自分が病気でも持っているか、異常なのかと感じるくらいでした。 
それがずっと続いていました。学校での休憩時間も、恥ずかしくて、自分の
ジャケットを頭からかぶり、現実の世界から夢の世界へ逃げていました。
僕はまるで自分や自分という人間、自分の文化的背景、自分のしていることが
間違っているかのように感じていました。」

子供がこんなにたくさんの悩みを抱えるのはとても残酷なことだ。
そしてその心の傷が癒えるまでとても長い時間がかかった。

「これはとてもユニークで特別なことで恥ずべきことではないのだ、
とわかるまで、とても時間がかかりました。」26歳になるサンデュは言う。
「これが自分なんです。やっと受け入れることができるようになりました。」

サンデュはこのことを他の人たちにも聞いてほしいと願っている。

「これは興味深い話だと思います。ボクが自分のことを話すことで
共感を得て、役に立つ人がいるからです。やっと克服してきた大きな
ことなんです。昔は、自分の人生がもっとラクだったらいいのに、と
思っていました。でも今は過去を変えたいとは思っていません。なぜなら
そういう過去があるからこそ現在の自分があるからです。」

サンデュはオンタリオ州のリッチモンドヒルで育ったが、数年前から
バンクーバーに住んでいる。彼はなぜ今になってこのこと
(過去に受けた差別とそれに対する羞恥心、その克服)が浮上して
きたのかはわかっていない。なぜかつて彼が恥ずかしく感じていた境遇を
表現するような音楽を使いたいと彼はかりたてられるのだろうか。

彼は父親とのつながりを取り戻した。その影響もあるだろう。
彼はカナダのインドとイタリアのコミュニティに関わっている。
チャリティにも参加しており、ロールモデルになりたいと言う。

「ボクはインドよりイタリアのコミュニティと少し多く関わってきました。
そして今はもっとインドのコミュニティと関わるようにしています。
ボクはそこの子供たちにとってロールモデルなんです。
それは素晴らしいことです。ボクは子供たちがボクの存在に触発されて、
ダンスやスポーツに取り組んでくれたらと思ったのです。今年ボクは
たくさんのチャリティに参加しました。僕に「キミは子供たちにとって
素晴らしいロールモデルなんだよ。」と言ってくれる人たちと
協力し合っていくことは素敵なことです。」

私生活での物語りは一応の解決を見たが、氷上でのサンデュの物語は、
相も変わらず、ミステリーでもあり、ドラマでもある。

トリノオリンピックで13位に終わった後、カルガリーでの
世界選手権では、ジェフリー・バトルより1つ上の5位だった。

今シーズンのグランプリシリーズでは、11月にあった中国大会で
3位、ロシア大会で5位。

「ボクはハリファックスに行ってタイトルを取り戻すつもりでいます。
そのゴールを達成するためにとてもハードな練習を積んでいるんです。」

ハリファックスは彼にとって縁起のいい場所でもある。

「ハリファックスに行くことにわくわくしています。初めて
国内選に参加したのが1995年のハリファックス大会なんです。
ボクは14歳でノービスクラスに出ました。トロントからわざわざ
ハリファックスまで大きな古い車に家族揃って乗って出かけた
思い出があります。ボクはたしか2位でそれが初めての国内選です。
ハリファックスは特別な思い入れがある場所なんです。
たくさんのいい思い出があります。。。長いフライトになるけどね。」 
彼は笑って言った。

そして。長い旅路でもあった。。。

**********************************

なおみさん、ご指導どうもありがとう!!!

| Article translated into Japanese | 02:02 | comments(2) | - | pookmark |

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