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トロントでの思い出

新しいところに移る前に
2週間前のトロントでのことを。
といっても、主に私の個人的な
フィーリングを綴ったものですが。

現地時間で6日の金曜日、滞在最終日に
エマがスケートを始めた一番最初のリンクに
連れて行ってもらった。

ダウンタウンの地下鉄の駅構内で合流して
地下鉄の最後の駅まで行き、そこから
バスに揺られること30分ほど。

一本道をまっすぐまっすぐバスは進んでいき、
歩道にはプランターが一定の間隔で並べられ
どの鉢も花がたくさん咲いていてキレイでした。
いつもこうしてお花が飾られてるの?と
尋ねたら、冬以外はね、との返事。
そっか、トロントって超寒かったんだった。
外に出たら一瞬で鼻○が凍るくらいの寒さ。


私は高校は学区から出て毎日バスと
電車と自転車を乗りついで1時間以上かけて
通った。3年間だけでもしんどかったけど
エマは8歳くらいから、毎日毎日、冬はマイナス
10数度の寒さの中、この道を片道1時間かけて
ナショナルバレエの校舎に通い、さらにバレエの
後にスケートにも行ってたんだなぁ、10年間も。
なんて思うと、なんだかこっちまで感慨深く。

地下鉄駅構内で合流するまでに
1時間も待つことになって(^^;)、
暑い上に時差ぼけや睡眠不足もあって
とても疲れていたからエコモードでいた私は、
エマといても、あまり自分からたくさん話は
しなかったけど、会話はあまりなくても、
かつてエマが毎日毎日通ったその同じ道を
リンクまでご一緒させてもらって、いろいろと
思うところはありました。

このときは。。。
朝の遅刻に多少イラっとはしたけれど、
スタバのコーヒーで鎮められ、
爆発する要素はまだなかったですから(笑) 


途中で昔のスケート靴の話で盛り上がり。
以前にも書いたことはあるけど、実はエマと
私は、同じメーカーの靴を履いていた。
それを知ったのは、2004年のGPF@北京。
試合としては、あまりよい思い出のない、
その後、試合のエマを見るのが辛くなり始めた
転機の試合だったりするのだけど、それでも
前の年に知り合い、なんとか再会したいと
思っていた中国在住のエマファンの日本人に
会場で再会できたり(そして今お友達)、
私には行った価値のある試合でありました。


エマは子供のころ、靴を買うお金がなくて、
女性スケーターからもらったお下がりを
黒くペイントして履いていた、というのは
何かの記事で紹介されていたと聞いたことが
あったけど、譲ってくれたのが日本人で、
もらった靴が関西のメーカーのもので、
私が滑っていたころ大学からスケートを始めた
関大生部員が使ってたメーカーのものだった、
というのを知ったのはGPF@北京。

ジョアンによると、エマはSPの後、ひどく
upsetしたらしく、そのシーズンは、
ぱっと見ではわからなかったかもだけど、
おそらく残りのシーズンをほぼ棒に振った、
と言えるほどの大きなupsetでありました。
個人的な印象だけど。 なぜかといえば
2005年の5月にその手の話を振った時
嫌悪感を隠さなかったから。

だから。。。 エマは人がupsetしたときの
気持ちを計ることも、小手先じゃない対応を
することもできるのだと個人的には思う。

北京で私がサインをもらおうと差し出した靴を
一目見たジョアンがすぐに、
「日本の古いスケート靴ね」と言い、
(一瞬でわかるところがさすが)
靴の中のタグを見て、ここの靴、ボクも履いてた!
とエマが叫び、ジョアンとエマの2人で、私の
決して美しくないぼろっちぃスケート靴を
懐かしそうに眺めてて、それはあの試合の
とっても懐かしい大切な思い出で、その時は
黙ってたけど。。

実は私、そこの靴、合わなかった。
くるぶしや親指の付け根がちょっと変形して
外反母趾になってしまい。
向上心の強いコたちは、もっといいお値段の
別のメーカーの靴やエッジを買ったりしてたけど
同期の中で唯一の一人暮らしだった私は
まだ使えるのに新しい靴やエッジを買うのもなーと
結局買い換えず。

もちろんビンボー学生が履いてたのと
同じ型番をエマがもらってたとは思わないけど
ちょうどスケート用品店の前を通ったあたりで
靴の話になって、ねーねー、アタシはあそこの
靴正直合わなくて痛くて大変だったんだけど
アナタは問題なかったの?とか内輪な話になり。
ちなみに今はアメリカのメーカーのものを使用中。

エマは初めて声をかけたとき、身なりもきちんと
していたし、品があって、でも決して嫌みなく、
フレンドリーで細やかで、素晴らしかった。
(それで私はノックアウトされたのだから・笑)
小さいころからナショナルバレエという名門に
通ってたエリートとは知っていたから、
まさか靴を買う余裕もないくらいのご家庭で
育ったとは夢にも思わず、だったけど、
後になって、エマに関するカナダでの記事を
読んだ人やジョアンから、少し聞いた。


リンクへの旅路は、エマも自分のルーツを
感じながらいたみたいだけど、私自身も、
ナナメ前にデンと座る濃くてでっかいエマが
視野の半分くらい入った状態で、外を眺めて
エマの少年時代を想像してみたり。。。
今から思えば、ただの移動ではない、
とても贅沢な時間でした。その時は、そこまで
自覚がなかったけれど。

余談。
このバスの中では向かい合わせの席で
向こうはまっすぐ伸ばしたら向かいの座席に
つっかえて収納しきれないもんだから、
どてっと斜めに(私に向かって)足を放り出す
ような形で座っていて、その足を、
くっそー、蹴りたいくらい長い足だなーーと
思ったのは覚えてマス。

バスを降りてから、リンクまで徒歩で5分ほど。
家から歩いて行ける距離とのこと。
もちろんご実家は訪問してませんyo(笑)

1〜2年で同じリッチモンドヒル内の少し離れた
リンクに移り(ジョアンがそこでスクールを始めたから)
歩いては通えなくなったそうだけど、そういえば
少年時代、お迎えに来てもらえず一人寂しく
待ってた(ジョアン談)、とか読んだことがある。
スケートをすることに反対だった家族から
靴を何度もゴミ箱に捨てられて泣いてたとか。
エマはそういうことを自分から言ってきたりは
しないけど。そういう環境でも、決してスケートを
諦めなかったんだな、とか。


リンクに着いてセッションまで時間があったから
写真を撮らせてもらったり。
売店でエマがフライドポテトを買ってきて、
「昔はもっとたくさん入ってて安かったのに」と
ぼやいてたから、「当時あなたが小さくて大きく
感じてただけなんじゃないの?」
「そんなことナイ。昔はもっとたくさん入ってた!」
昔はラーメンも1杯300円くらいで具もいっぱい
入ってたのに、と日本で思ってる私と
感覚的にはたいしてかわらない模様。
日本もカナダも一緒だね?!

エマが売店のおじさんに声をかけにいって
おじさんが出してきた消火器かと思うくらいの
特大ボトルのケチャップに目がテンになった私。
北米サイズは何かとでかいけど、業務用も
びっくりするほどでかかった。ケチャップを
たっぷりかけたポテトをほおばったあと、
じゃ、ボク滑ってくるから、とリンクへ。

この、ポテトを注文して引き取りに行き、
食べていた間に、私は3年以上前から
感じて(考えて?)いたことを、今かな、と
エマに尋ねてみた。問いかけた直後に
ポテトできたよーと呼ばれて取りに行ったので
ありゃ、これで答えかえってこないかも、と
一瞬思った直後に、カウンターから、答えを
エマは返してきた。そっか。やっぱり。
で、戻ってきたエマに、追加の質問をして、
「それはボクにはわからない」と言うので
(ここは予想通り)私が感じ&考えてたことを
伝えてみた。もちろん返事はなかったけど。

たま〜にだけど、自分がエマとやりとりを
するその瞬間瞬間に、なんだか映画の
一場面を見てるようだなと感じることがあって
このときのやりとりも、自分たちを、ちょっと
離れたところから見ている自分がいた。
エマがこのときのことをどう感じたかは
わからないし、聞く必要もないけれど、
自分にとっては、ちょっとした瞬間でした。

バスの時間やいろいろな事情やプランもあり、
この日は軽く滑っただけであがり。
ガラス越し+ネットがあったので、ピントが
全然合わず、写真は2枚ほどトライして
早々に諦めたのでした。。。
なので、滑ってるところの写真はナシ。

リンクからあがって、スケート靴を履いた状態で
写真を撮らせてもらって、後でわかったことは、
エマ的には、自分の生まれ故郷のリンクに
やってきた私に、どこでどのタイミングで
写真を撮らせてあげるかとかいろいろなことを
考えていたらしい。


またもと来た道を、えっちらおっちら、
バスと地下鉄を乗り継いでダウンタウンに戻り、
さぁ、次はナショナルバレエの校舎にgo!
というところで、エマ痛恨の忘れモノに気づく。
リンクに忘れ物を取りに戻ったエマと別れた後、
miyukiは痛恨の迷子の旅に出てしまい、
時間も体力もロス(−−;)
エマがセットアップしてくれてた、トロントの
お友達とのディナーを私は疲労困憊のあまり
平謝りの末キャンセルさせてもらい、
ディナーの後で連絡を取ることになったのだけど。

結局エマ2、miyuki1の計3つの
普通に考えたらあり得ない大失敗(^^;)で
そうでなくても時間的に押してた、
我々のプランは総崩れとなり、いろいろあって
(なくて?)、miyukiはついに大噴火。

で、その後、事態を収拾しにエマがやってきて、
とりあえず、一番大事な今回の旅の目的(音楽)は
果たせました(^^;) 
が、いろいろくすぶってたので、日本に戻って
メールでやりとりをする羽目に。
いやいや、ホント、ヒトゴトのような言い方を
してしまうけど、我ながら凄まじいことに。
でも、今は、台風一過、な感じになってます。
(ってか、そうであってほしい・ ^^;)


でもまぁ、これ、今後何が起こるかによっては
ある意味、スーパー・パーフェクトなきっかけの
1つになるのかもしれないですネ♪♪
とメデタイmiyukiは考えています(笑)

反省することもたくさんあったし、
いろんな意味で、将来、あれがあったから、
と言えるトロント旅行になるんだろうなと(^^) 
激しかった分、得られるものも多いハズ?!


もしあの痛恨の忘れモノがなかったら、、、
と考えていたエマのプラン、ナショナルバレエ
以降の予定は、いつになるかわからないけど
次回トロントで会った時にぜひお願いしたいと
思います(^^) 何事も、1回でできなければ、
2回に分けて、2回でダメなら3回にわけて
やればいいのダ!  
そうやってカナダに通い続けてもう何年?!
って感じなんですけどねー。

| Miyuki's Whisper | 17:34 | comments(0) | - | pookmark |
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